マドラス

もう、長い間、洋服を買いに行ったことがない。若い頃は、これでもいっぱしにお洒落のつもりで、服飾雑誌をチェックしたり、ブティックをのぞいたりもしたものだが、行きつけのブティックが、経営の失敗で店を閉めてからは、それもやめてしまった。どうしても必要なものは、ユニクロで調達してすましている。気に入るとか入らないとかの問題ではない。ヴェニスビーチではない。裸では、町も歩けないからだ。

それでも、昔、何かで注文したアメリカの通販会社のカタログが定期的に送られてくる。時折、気に入った色や柄のシャツや、チノなどは、それで注文することにしている。カジュアルな服ばかりだが、いかにもアメリカといったテイストの物もあり、けっこう気に入っている。

今日、届いたカタログは、マドラスのパッチワークシャツが表紙だった。インディゴブルーの風合いが涼しそうで、ぱらぱらとページを繰ると、アロハやリネンのシャツにわりと気に入った物が目についた。その中でも、マドラスのパッチワークは、なぜか特別のお気に入りで、ジャケット、パーカ、シャツと揃っていて、夏の必須アイテムの感がある。

一通り目を通して、カタログを机に置くと、表紙のマドラスにもう一度目を遣った。やっぱり買おうかな、と思って細部を検討しているうちに、思い出した。色こそちがうが、去年やっぱりマドラスのパッチワークのシャツを買ったのだった。それは暖色、こちらは寒色系、それに袖が去年のは長袖、これは半袖というところだけがちがう。

気に入った物は、限られていて、何年かすると、同じような物を買ってしまう。ところが、着慣れた物はなかなか捨てられないから困る。色落ちしようが、くたくたになろうが最後まで着つぶす。ダンガリーのシャツは、つぎをあてて着ていたが、あててないもとの生地がすだれ状態になってきたところを妻に捨てられてしまった。そんなわけで、よく似たシャツが箪笥の抽斗を占領している。また、一枚増やしてしまうところだった。

六月が来るまでは、と思って、夏物を出していない。別にいつからという決まりがあるわけではない。この週末にでも、ワードロ−ブの奥から、夏物の入った衣裳缶を引きずり出してこよう。もしかしたら、買ったままで忘れているシャツが、他にも出てくるかもしれない。新しいシャツの注文はそれからでも遅くはない。

2004-05-27 21:33:56 | Permalink | コメント(2) | Trackback(0)

名前

あんまりいい天気が続く。家に帰ってきてもまだ日は高い。ちょっと気はひけるものの、喉の渇きに負けて、もらい物の鰹のたたきで麦酒を飲んでいたら、網戸越しに、
「ねこ!」
と、声が飛んできた。いつものように、窓枠の上で、通りを見ていたニケに向かって、向かいの子が呼びかけたのだ。

向かいの女の子は今年小学校に入ったばかり。小さい頃は、ニケのことを「ネコちゃん」と呼んでいたものだ。興味津々で、お母さんのとめるのも聞かずに手を出して、指先をニケに引っ掻かれたこともあるのだが、この前聞いたら、もう忘れているらしい。

引っ掻かれたことは忘れても、ニケのことが気になるのは変わっていないらしい。名前を忘れたので、仕方なく「ねこ」と呼びかけたものだろう。お母さんが、「名前があるでしょう」と、諭していたが、お母さんの方はどうやら猫が苦手らしく、ニケのいるときは、あまりこちらにやってこない。当然、名前も覚えていない。

外で、花の水やりをしていた母が、「ニケという名前なのよ。変わった名前でしょ。」と、教えていた。変わった名前というのだけは余計だ。「サモトラケのニケ」は知らずとも、スポーツシューズのNIKEなら、若い人なら、誰でも知っている。もっとも、そのNIKEが、勝利の女神ニケのことだということを知らない人は多いかも。

首と両腕を欠いた有翼の女性像を見たことがないだろうか。風を孕んだ紗を纏った姿は、清新なエロスを感じさせる名品で、美術書に限らず、いろんなところによく登場しているはずだが。

ちなみに向かいの子の名前はアンリという。別に外国人ではない。どういう字を書くのかは知らないから、片仮名で書いたまでのことだ。アンリという呼び方はフランス風だが、フランス語のHは発音されないから母音ではじまっているが、英語読みならヘンリ。つまり、ヘンリーである。ヘンリー・フォンダを持ち出すまでもなく男の名前である。アンリ・ミショーという詩人もいたから、フランスでも事情は変わるまい。

愛嬌のある可愛い子だが、お母さんは、いつも「アンちゃん」と呼んでいる。「あんちゃん」というのは、日本語でも若い男を呼ぶときに使う言葉だ。「ねこ」なんて、呼び方をするようになったのは、名前のせいもあるかもしれない。

2004-05-25 22:20:22 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0)

全開

朝、さあ出かけようと思って車の扉を開けたら、強烈な臭気が鼻を突いた。魚の腐ったような匂いだった。一瞬たじろいだが、匂いのぬけるのを待っていたら遅刻してしまう。それでなくてもぎりぎりの時間なのだ。窓を開け、通気をよくし、車中にこもる匂いをまず喚起してしまおうと、スイッチを押しながら、匂いの原因について思いめぐらせた。

すぐに思いついたのは、昨日もらった貝だった。しかし、ていねいに二重にしたビニル袋の口元をテープで留めてあったことから考えて、あの貝が原因ではなさそうだ。しかし、腐敗臭の中に漂う磯臭さは、あの場所との連関を物語っている。車のエンジンをかけながら、昨日のことを思い出していた。

「もう、舗装してないこんな道、ここらでもめずらしいでなあ。」
作業場へと続く泥濘道を歩きながら、老漁師が呟いた言葉を思い出しながら、革靴の底に着いた泥濘は、どこに行ったのだろうかと考えていた。ウォーキング・シューズの底はビブラムソール風の刻みが深く入っている。車の座席の下には、フロアマットがあり、作業場前の泥濘道を踏んだ靴底の刻みの中に残った泥水は、フロアマットの毛足に吸い込まれたにちがいない。

台風一過、よく晴れた初夏の陽ざしは、早朝から車の窓を通して注ぎ込み、車内を温室状態に保っていた。フロアマットの中に吸い込まれていた泥水が蒸発するにつれ、腐敗した魚介類独特の臭気が、水蒸気とともに匂いの粒子となり、蒸された車内に充満していたのだ。

花粉症が怖くて、窓を開けたくても我慢してエアコンの換気で通していたのだが、とてもじゃないがそんなもので換気できる匂いではない。窓を開け放したまま2ブロックばかり走り、信号で止まったときに閉めてみた。閉めたとたん足下から臭気が立ち上ってきた。急いで、窓を開け、今日は、このまま走るしかないな、と思い定めた。

窓を開けて走るのは、ひさしぶりだった。硝子越しでない夏の光は、未明の台風が空気中の塵を払ったこともあって、まるで、イタリアの太陽のようだった。蒼い空には、引きちぎったような雲が、地平低くにいくつも群れ、嵐の余韻を残している。風がしきりに髪を引っかき回す。歳の割には、豊かな髪で、おまけに曲毛だから、ライオンのようになっているにちがいない。セル・フレームのサングラスをかけ、髪を風になぶらせて走っていると、古いフランス映画の中にでもいる気分になってきた。最初の不快感は、完全に消え、爽快な気分で職場に着いたのであった。花粉さえなければ、よく晴れた日はいつでも、窓を開けて走りたいくらいのものだ。いっそ、フル・オープンの車が欲しくなった。相変わらず、いい気なものである。

2004-05-22 11:27:00 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0)

五月病

ずっとコンスタンスに、書き続けてきたのに、ここにきてなんだか、コンピュータの電源も入れずに寝てしまったりする日がつづいている。チラシの中に、「ストレス度チェックリスト」というのが載っていたので、やってみた。該当する項目に○をつけるのだが、どうやら当てはまると思うのは、「ふだんからこれといった趣味がない」「続けてやっているスポーツがない」「何をするのも面倒くさい」「仕事にやる気が出ない」の4項目ぐらいか。0から5項目に○がついているのは正常値だそうで、やはりストレスに苛まれているということではないらしい。

五月病か、とも考えた。新入社員や新入生などか罹る病で、がむしゃらにやってきた四月が過ぎ、そろそろ疲れが出てきたころ、何をするにも無気力になるという例のやつである。ところが、今年は職場の人員もたいして変化がなかった。まあ、上司も替わり、担当する部署もかわったが、小さな職場のことで、これといって思い当たることもない例年になく緊張感のない四月だった。

めずらしく休日出勤をした昨日のこと。帰ってきて居間のカウチに横になったとたん、そのまま眠り込んでしまった。うとうとというのでなく、それこそぐっすりと。夕食の時間に起こされて、いつになく頭がすっきりしていることに驚いた。そんなに根を詰めて仕事をしているわけでもないのに、けっこう疲れがたまっていたらしい。ここのところ、夜になると元気が出るニケにつき合わされていたのも睡眠不足の原因だった。

軽い肉体疲労は、眠りのためのいい準備運動だが、どちらかといえばデスクワークで、仕事が多ければ、逆に運動不足になる。これといった趣味もなく、スポーツにも縁がないと、気分転換もできず、疲労は蓄積するばかりだ。疲れがたまると、寝付きが悪くなる。そこで、酒量が増えるという悪循環に陥っていたらしい。

夜、TVで高石友也と高田渡を特集していた。すっかりマラソンランナーとして知られるようになった高石が、身振り手振りを交えて上機嫌に語り、歌うのに比べて、一時期から比べれば回復したように見える高田渡は、相変わらず、酒と縁が切れないらしく、ほろ酔い気分でステージに上り、そのまま舞台上で眠り込んでしまうところをカメラはとらえていた。

一時期は歌を捨てて、福井の田舎に引きこもった高石がもう一度歌い出したときに選んだ歌の世界は、アメリカ民謡に自分で歌詞をつけたものだった。それは、高田渡が、明治時代の演歌をアメリカ民謡の曲にのせて歌うのに似ているようで、非なるものだ。高田渡は、今もデビュー当時そのままに添田唖蝉坊や有馬敲の詩を歌いながら、かえって時代を先取りしたような批評性を見せる。それに比べると、同じアメリカ民謡の旋律を用いながら、高石のそれは、田舎暮らしの幸せを歌いながら、そんな世界がどこにもないことなど知った上で歌うにしては、いかにも説得力を欠く。

イラク戦争をきっかけに名曲『自衛隊に入ろう』が、またヒットするかもしれないという高田渡一流の皮肉の効いたジョークに、笑ってしまった。そういえば、ここのところ、あまり笑ったことがなかった。久し振りに、ギターでも弾いてみるのも気分転換にいいかもしれない。

2004-05-16 12:14:17 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0)

失敗

その失敗に気づくのに一昼夜かかった。朝方喉が痛いので、風邪でも引いたかと思ったのだが、立て続けに出るくしゃみと、鼻水で花粉症だと気がついた。ここのところ、室生寺に行ったりしても症状が出なかったので、もう大丈夫と油断していたのだ。

問題は温泉である。昼過ぎに温泉に入ったから、その晩は、お風呂を焚かなかった。せっかくの温泉の効果を内風呂で洗い流すのもどうかと思ったからだ。しかし、よく考えてみれば、温泉に入ってから、小屋に行ったので、杉や檜の花粉を髪やら衣服に付けたまま家まで持ち帰ってしまったことになる。

いつもなら、服は洗濯し、髪もお風呂で洗い流すものを、衣服こそ着替えるものの、頭髪はそのままで寝てしまったわけだ。一晩中花粉まみれで眠っては、さすがに鼻やら喉やらに症状が出ても仕方がない。まったく莫迦なことをしてしまった。

連休中とあって、医者も休み。せっかくの休日をティッシュの箱を抱えて、部屋から部屋へと移動する始末である。鼻の調子が悪いと頭がぼんやりして、ものを考えるのが億劫になる。本を読んでいても、始終洟をかまねばならず、落ち着かない。

仕方がないので、雨も上がったこととて、近くを散歩した。夕方の風が心地よく、雨上がりの空には図鑑のページを繰るように、次から次へといろんな種類の雲が現れては消える。雨に洗われた緑も眼に鮮やかで、気持ちがいいのだが、残念なことに、垣根に今を盛りに咲きこぼれる茉莉花のにおいをかぐことができない。連休もなかばを過ぎた。後二日、ずっとこの調子かと思うと、少し憂鬱になる。

2004-05-03 18:42:55 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0)





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