居酒屋

近くに住む大学時代の友人から突然電話がかかってきた。今から飲もうというのである。夜は滅多に出歩かないから、特別の約束はない。時間と場所を確認した。互いによく知っている居酒屋の名を挙げ、そこでどうだと聞く。暫くしたら車で迎えに来るという。それでいい、と承知した旨伝えて受話器を置いた。

この前飲んだのはいつだったかと考えた。マドラスのシャツを羽織って出かけたのだから、夏の終わり頃ではなかったか。盆と正月になると思い出すらしい。夏休みを終え、京都に帰る頃よくいっしょの電車に乗って帰った仲だ。その頃の習慣がいまだに抜けきらないのかもしれない。

迎えの車はいつものタクシーではなく、ワンボックス車だった。友人の奥さんと妹夫婦が乗っていた。奥さんとは初対面である。挨拶を交わしたが、車の中は暗くて顔はよく見えなかった。
「実家に行くところだというので、乗せてもらってきた。ちょっと臭いかもしれない。今日はキムチを漬けたから。」
「いや、何も臭わないよ。冷えてきたから、キムチを漬けるにはいい日だったろう。」
一家総出、親族が顔を揃えてキムチを漬けている図を想像した。近頃ではあまり眼にしない光景だ。いかにも歳末らしい気分が高まった。

安くて値段の割に食べさせることで知られるその店は、友人の実家の近くにある。一帯はこの辺りでは古くから続く盛り場だった。車を降りて少し歩くと店の灯りが見えた。暖簾をかき分け、戸を開けると店の中から賑わいと湯気が通りにさっと流れ出た。以前来た時は、畳の部屋が広く、適当な間隔に置いた座卓を囲んで飲むようになっていたが、模様替えをしたらしく、テーブル席が増えていた。カウンターは先客で満員だった。二人で座るには大き過ぎるテーブルしか空いていない。相席覚悟で席に着いた。

思った通り、すぐに三人連れが入ってきて隣に座った。短く刈った頭髪は白いが、大柄な男たちで、歳に似合わぬ派手なジャージ姿だった。亭主のことを「すすむちゃん」と呼んでいるところを見ると、古くからの常連かもしれない。注文を何にするかで忙しくなり、それっきり隣客のことは忘れてしまっていた。

大学時代の話や今読んでいる本のこと、政治の話と久しぶりに会えば話すことはけっこうあった。都知事の言動に憤懣やるかたない友人の口吻に、食事の最中には政治の話は禁物という中国の風習を思い出した。まあ、少しずつきな臭くなって来つつあるとはいえ現在のところ、現政権の批判をしようが、誰の悪口を言おうが日本では酒の席ということに、まだなるだろうと高を括ってつき合っていた。

そろそろ河岸を変えようかということになり、勘定をしてもらった。昔風の二合徳利が四本、焼酎の水割りが二杯、名物の湯豆腐に豚カツ、ポテトサラダ、酢蛸に里芋、飛竜頭、穴子と牡蠣のフライで五千五百円というから確かに安い。じゃ、割り勘でと言いながら財布を取り出して冷や汗が流れた。入っているのはクレジットカードと小銭ばかり。妻の車に乗る時、財布の厚さが気になるので免許証と札だけ別の薄手の財布に入れ替えたのだった。

「俺もよくやるよ。」と笑いながら言う友人の言葉に甘えて、この次まで借りておくことにした。それにしても、最近の物忘れはひどいな、と思いながら外に出た。
「おい、気づいてたか。隣の客、あれはヤクザだぜ。」
と、店を背にして歩き出しながら友人がおかしそうに言った。
「いや、全然気づかなかった。どうして分かった。」
「だって、シャブがどうのとか、しのぎがどうとか言ってたじゃないか。聞こえなかったのか。」
まったく聞こえていなかった。
「昔はダブルの背広で来てたものだけど、近頃では嫌がられるので、あんな格好なんだぜ。」
「そういえば、兄貴と呼んでたな。本当の兄貴だとばかり思ってた。」
「あっちが親分だよ。俺の方を見ながら挨拶しようとしてたからわざと知らんぷりをしてたんだが。」
友人の家は自営業で父親の代から手広くやっていた。この辺のその手の者なら顔を見知っていても当然だった。しかし、酒の席だ。近頃は、酒量も減り、我を忘れるほど飲まなくなったが、昔ならふらつくまで飲んだものだ。よろめいて足でも踏んでいたら、面倒なことになっていたかもしれない。少し酔いが醒めた。飲み直しにと思っていた店は休みだった。タクシーを呼んで家の近くの店に行くことにした。

一緒に酒が飲める妻というのが羨ましいと漏らす友人は少なくない。
「奥さんを呼べよ。いっしょに飲もう。」と、言うので、電話で呼び出し、ついでに財布を持ってきてもらうことにした。しばらく三人で飲んで、ここはこちらで払うことにし、友人はタクシーで帰っていった。歩いて家に帰り、ジャケットの内ポケットに手を入れると先刻の財布の他に手に触れる物があった。取り出してみると、札の入った方の財布であった。事態はかなり深刻である。

2004-12-28 17:03:17 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0)

アバウト・ア・ボーイ

何度も見ているのだけれど、そのたんびに最後まで見てしまう。不思議な映画だ。
ヒュー・グラントという俳優が好きなこともあるけれど、これは今までの彼の映画の中で最もよく見ていることになる。
『フォーウエディング』も、『ノッティング・ヒルの恋人』でも、駄目な男を演じているが、どうしてどうして駄目などころか、格好いいのである。英国人らしいユーモア感覚というか、むきにならないところが何ともいい感じなのだ。
今回の映画がいいのはそのリズムだろう。
一日をコマで割って毎日を充実させて過ごす四十前の無職の男。一発屋の父親が生涯でたった一度だけヒットさせたクリスマスソングの印税で働かなくても食っていける。
運動と言ってビリヤードをやったり、クイズ番組をカウチで寝そべってみてたりするその暮らしっぷりが優雅というか何というか。アンニュイなところが、いいんですね。
その平穏な暮らしがマーカスという男の子の出現で破られ、ぬるま湯に浸かっているような生活の中に世間の冷たい風が入ってきてからがドラマの面白くなるところなのだが……。
たしかにジョン・ボンジョヴィが言うように人間は島じゃないのかもしれないが、個人的には、ポール・サイモンの「僕は岩、僕は島」という言葉を信奉している。
働かずに食べていけるなら働かない方がいいに決まっている。
一人で好きなようにやれたらどんなにいいか。
デタッチメントとコミットメントの間で揺れ動くヒュー・グラントの演技は、当然計算されたものなのだろうが、まるで地のように見えるところがにくい。
最後はひとり暮らしのセンスのいい部屋に大勢の他人がやってきて、彼の日常生活はコミットメントのお陰で少し変化している。
デタッチメントの居心地の良さは捨てがたいが、たまにはこういうのもいいというあたりで終わっているところが大人の映画になっている。

2004-12-26 17:08:50 | Permalink | コメント(2) | Trackback(0)

雨走行注意

目を覚ますと、夜半の嵐は嘘のように去って、寝室の窓から青空がのぞいていた。階段を下り、自分のコンピュータに向かっている妻の背中に声をかけた。
「さあ、今日はどこへ行こうか?」
雨のはずだったので、行き先のあてがない。ネットで地図を開いて、まだ走ってない道を探した。
「滋賀はどうかな?永源寺あたり。」
湖東三山には何年か前に行ったことがあるが、紅葉で有名な永源寺にはまだ行ったことがなかった。

仏蘭西麺麭にスモークサーモンとスライスオニオンを挿んだサンドウィッチと珈琲で朝食を済ませると、さっそく身支度を整えた。一度行った道なので、地図は持たなかった。高速道路に入ろうといつもの坂道を降りていくとどうも様子がおかしい。前を走っていた車がUターンしてくる。その後ろに見えるのは道路を走る人の姿だ。今日は市民マラソンの日だった。側道を走って一つ先のインターから高速に入った。

雨に濡れていたトップも乾いたので、料金所脇の待避線で車を止め、屋根を開けた。オープンで走り出してすぐ気づいた。膝掛けを忘れた。いつも何かを忘れる。チェックリストを作っておくべきだ。しかし、大気中の塵を払ったからか陽差しは強く、風よけにサイドウィンドウを上げると、もう寒くはなかった。それよりも、道沿いの楓がすっかり色づいて、みごとに紅葉している。昨夜来の雨に叩かれたのか、色とりどりの落ち葉が道路脇を染めている。わざわざ遠くまで出かけなくてもいいような気さえしてくる眺めだ。

爽快な気分で走っていたが、北に上がるに連れ、雲の色が濃くなってきた。太陽がすっかり見えなくなったと思ったら、電光表示板に「雨走行注意」の表示が出た。ふだんはなんとも思わずやり過ごしていた表示だけど、そうか、あれはオープン・カーのためにあったのね。たしかにボタン一つでトップが閉まるコペンだが、高速走行中ではどうにもならない。次の安濃SAまでなんとかもってくれと祈る思いでアクセルを踏み続けた。そのうち、フロントグラスにポツリ、ポツリと雨粒が当たり出した。電光表示には「雨走行注意」が再三表示される。ワイパーを動かさなければならないほど降ってきたところで、SAの標識が見えた。

駐車場の入り口に車を止め、あわててスイッチを押した。停まっていると雨は直に上から降ってくる。完全に閉まるまでの二十秒が一分ほどにも感じられる。タオルで、濡れた部分を拭き終わる頃には、外は土砂降り状態。せっかくSAに入ったのだ。トイレをすませておこうと思った。ところが今度は傘がないことに気がついた。くどいようだがオープン・カーなのだ。傘というものを持って出る習慣がない。そのまま、本線に出た。

高速を降り、国道一号線をひた走りに走った。馬子歌に「坂は照る照る鈴鹿は曇る。あいの土山雨が降る」と歌われるほどの峠道。今までは、雨に降られたことがなかったが、今日は歌の文句通りだった。土山もマラソン大会を予定していたようだが、こちらは雨で中止になったらしい。道路脇の幟が雨にうたれて竿にからみついていた。

名坂で迷いかけたが程なく永源寺に通じる道を見つけてほっと一息。何のことはない。前にも通った記憶がある。水口あたりは紅葉も今が見ごろ。楓と言わず銀杏と言わず、落葉樹の多い里山は様々な色に染め分けられまさに錦秋の装い。雨はやんだが、まだ雲が厚い。帰り道を楽しみに通り抜けた。

永源寺町に入ったが、T字路にぶつかってしまった。角にあるタクシー会社は観光案内所も兼ねているらしい。事務室に入っていった妻が苦笑いしながら車に戻ってきた。
「もう少し辛抱しはったらありますがな。だって。あちらから来たと思ったのね。」と、右の方を指さす。目的地は左の方だという。曲がるべき所を一筋まちがえて入ってきたらしい。なるほど、数百メートルも走ると看板が出ていた。

寺の前まで来ては見たが、あいにくまだ雲の層は厚く、有名な紅葉も今ひとつ色に冴えがない。先に昼食をとることにした。来る途中で見つけた洒落たカフェまで戻ると、そこはワイナリーも兼ねていた。オーナーの息子さんらしい人にワインの試飲を勧められた。わざと澱を残す昔ながらの製法で作られたカベルネ種の赤ワインはしっかりした重みのあるもので、よくある観光用のワインではないことが分かった。正月の屠蘇の代わりに造ったという「凛」という名の白ワインを気に入った妻は早速お土産に買っていた。自家製の麺麭も本物志向で天然酵母仕込み、バーナード・リーチの作品を中心にした美術館も併設するというお洒落な店で、自分用には濃いグリーンを基調にしたチェックのB・Dシャツを買った。結局そこでは食事はとれず、近くの店で蕎麦を食べていると、格子戸越しに日が差してきた。

永源寺は川の畔にあった。朱塗りの橋を渡り、谷川に架かった石橋を渡ると古い茶店が並び、いかにも昔ながらの景勝地の佇まいが懐かしい。石段を登り切ると、雨風に晒され、いい具合に物寂びた風情の山門が目に入った。山門の左は山、右は急峻な崖だ。南画にでも出てきそうな仙境。寺域は急傾斜の断崖にへばりつくように延びていた。山門をくぐり境内に足を踏み入れようとして息を呑んだ。降り積もった落ち葉が吹きだまり、境内は緋毛氈を敷いたようだ。石畳を踏み踏み奧へ抜ける。櫓越しに豪家の屋根をそのまま一回り大きくしたような葦葺きの大屋根が見えた。方丈だった。禅寺らしい簡素な造りながら、紅葉した山を後ろに従えた様は威風堂々としてまことにみごとな構えである。それでいてどことなく村夫子然としたおおどかなところがうかがわれ、一口で言えない趣がある。ブーツを脱ぎ、本堂に上がった。暖かな日の差し込む縁に胡座をかいて正面を眺めれば、立木越しに近江の里が広がっている。悟りを開くには不向きなどこまでも長閑な風景である。

先に石段を下りた妻は、そのまま川岸に出ていた。前夜の雨が上流から土砂を運んできて濁りきった色の川である。何を物好きなと思った。寺の裏山から流れ落ちてくる谷川の水が、前に流れる川に出会ったあたりだけが澄んでいる。それに目を止めていたようだ。大量に降った雨水を谷川は滝のように吐き出していた。白壁土塀の真下に石を組んで拵えた溝が通っている。後から後から落葉が流れてくる。石の形に添って、ある時は速くある時はゆっくり廻りながら流れていく。また日が陰った。風が山に当たってざわと鳴った。(蒼穹の回廊GALLERYに画像があります。)

2004-12-05 18:03:25 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0)





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