それからの日々

男は定年二年前に社内の勢力争いに敗れリストラの対象者となり会社を馘首になる。妻は、会社人間の男に愛想を尽かし離婚を考えているが、今は少し売れはじめてきたクラフト作家として個展の準備に忙しい。息子は転職を繰り返し、娘は年の離れた三人の子持ちの男とつきあっているらしい。少し痴呆が始まりかけている父親は一人別の家で暮らしている。どこにでもある中流家庭の姿である。

別に突然馘首にならなくとも、会社一筋に生きてきた男が、明日から会社に行かなくてもいいとなったら、この男のように途方に暮れるだろう。しかし、慌てているのは男だけである。家族は、とうに、男なしで生きている。男は家庭の中に居場所がない。公園のベンチに一日座っているような生活は耐えられないと言っていた男も、半月もしないうちにベンチに座ってぼんやりしている自分を発見する。

妻が夫に対して言う言葉が、いちいち、耳にいたい。身につまされる。そんな思いで、ドラマを見ていた男がどれほどいただろう。おそらく、どの家庭でも似たり寄ったりの会話がなされているにちがいない。曰く、自分のことしか考えていない。家事をしない。人を裁くような言い方をする。自分だけが正しいと思っている。感情がない。あなたから会社をとったら何もない。どれも、相手から見ればそうなのだろうが、男は自分では意識していない。

企業戦士という言葉があるように、会社勤めの男は外で戦っているつもりなのだ。男の無意識はそのための自分を作ってきた。今さら非難されても、どうしようもない。ただ、家庭といういわば非戦地帯にあっては、男はそれまでの自分を護ってきた鎧が場違いであることにも気づかされる。妻の言いなりになって、掃除をするのもごみを出すのも、戦うことのできない戦士であるという弱みがあるからだ。

病気の母親の介護をしながらクラフト教室を運営しているという男が、男の前に現れる。妻が毎日通うクラフト教室の主宰者である。家庭をかえりみない夫と仕事と家事を両立させている男とを妻は比較する。夫は男でしかない。クラフト作家は人間である。

息子は、「お父さんはもっと威張っていたらいい」というが、物忘れの激しくなった父親は、事態の変化を受け入れるように息子を諭す。単発ドラマとして締めくくりをつけねばならないからだろうが、結末は予定調和的で、山田太一のドラマとしては面白味に欠ける。結論から言えば、男は、家庭をかえりみるようになり、人間として再生していくようだ。

企業戦士として人間性を搾取されていた男が退職をきっかけに、人間性を取り戻し、再生する物語としてみるなら、ハッピーエンドだろう。が、男が、離婚話を告げる妻に対して言う「こんな酷い目に遭うなんて、俺がいったい何をしたというんだ」という思いは、宙ぶらりんなまま残る。

監獄に対して塀の外を娑婆というように、現実は娑婆である。妻という役割を引き受けることで女は自己実現のできる娑婆を横目に見ながら家庭という檻に閉じこめられていると、多くの主婦が感じているなら、男が恨まれるには理由がある。男はまちがいなく娑婆に生きているからだ。男の感じる苦労や辛さ、哀しみというのは、みな「娑婆苦」である。食うには困らなくても、自由に思ったことができない家庭を地獄にしてしまっている責めが、男には負わされる。

家庭が、女にとって地獄でなく、男にとってだけでなく女にとっても居心地のいいオアシスのような場所になるためには誰が何をどうすればいいのだろう。そもそも、そんな家庭が存在するのだろうか。ありもしないユートピアを求めて虚しく離婚を繰り返すアメリカ型社会がいいとも思えないが、その懲りないところにこそドラマがあるような気がするのだが。

2004-02-01 12:38:38 | Permalink | コメント(6) | Trackback(0)




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■ 山田太一原作の『それからの日々』
こんにちは。薔薇 です。
私はドラマを観ていないにもかかわらず、ここのテキストは何だか妙に読まされちゃいました。
そして、これはきっと凄く考えさせられるテーマを扱った話だったのだろうなと、想像したりなんかしています。
くしくもこちらのような(↓)ページも発見したところでした…。よかったら…見てみてくださいませ。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~susume/mdiary040201.htm
薔薇の名前 (2004-02-10 21:43:24)

■ それからの日々
返事がおそくなりました。元気でやってらっしゃいますか。
ご紹介のページ、行ってまいりました。
とてもよく分かる感想で。そうだろうなと思いました。
僕も、もっと、この話にはコメントがあってもいいと思いました。
男の側の反論なんかもあっていいのに、みんな身につまされてしまって、言う元気をなくしたのかなあ。
Abraxas (2004-02-14 14:50:31)

■ 「それからの日々」感想
このドラマを見た後のもやもやは何だろう。同じスペシャルドラマでも「向田邦子の恋文」には余韻と感動があったのに・・・そんな思いを、このHPをきっかけに整理してみました。
2時間に収めるには欲張りすぎたテーマだったのかな。いくつもの問題が中途半端に扱われたままで終わっている。
妻が夫を激しい調子で批判しまくる場面も、確かにリアルではあるけれど、こういう扱いでは人格攻撃的な非道さが感じられて、私はむしろ夫のほうに同情してしまった。「なぜもっと言い返さない。家庭だって時には戦場なのだ。自分の人格を全面否定されてなぜおとなしくしているのだ」と、夫にではなく脚本に怒りを感じた。「老いた母を介護しながら仕事も立派にこなしている男」なんてのもきれい事でうそっぽい。オムツを換える場面ひとつないし。
長女の結婚に関しても、「若者は若者と愛しあってほしい。こんなに若くて美しい女が何を勘違いして3人もの子持ちの中年男なんかと」という痛ましさと苛立ちが、最後まで残ってしまった。
こんな不自然な結婚を見る者に納得させるためには、一場面でもいいから長女と男との、または子供を含めた5人での温かい場面が必要だったと思う。せめて最後の長女の両親との対面の場面で、3人の子供たちの愛らしさやいじらしさが表現できていたら、多少は説得力が出たかもしれない。3人がただ突っ立っているだけ(しかも格別かわいい子供たちでさえない)だなんて、脚本と演出の怠慢としか言いようがない。
ちなみに妻が夫を「お父さん」と呼ぶのにも違和感がある。男と女であろうとする姿勢を放棄しているみたいで。夫は妻をちゃんと「晶子」と呼んでいるのに。
ただでさえ元気をなくしがちな男たちが、このドラマを見ていっそう家庭内で小さくなってしまわないか心配です。

このドラマの公式HPに掲示板が設置されていないのは納得いきません。舞い上がり気味の若いスタッフの「日記」なんか載せてどうでもいいような制作裏話を長々と公開するよりも、視聴者からの率直な感想を受け入れるべきなのに。
セレブたちの作ったスペシャルドラマだぞ、みたいな傲慢さを感じてしまうのは私だけでしょうか。




まりか (2004-02-16 11:13:33)

■ それからの日々
まりかさんのコメントを読ませていただいて、なるほどなあ、と思うところがたくさんありました。そう言われれば、そうか、思ってしまいます。多分、いろんな人がいろんなことを思いながら、あのドラマを見たのでしょうね。

こんな時代に勧善懲悪の時代劇や、刑事物が大手を振ってまかり通っているTVの世界です。脚本、演出に物足りないところはあったにしても、見る側に何かを言いたいという気持ちにさせたという点では、近頃のドラマの中では、それなりに評価のできるドラマだったのではないでしょうか。

番組のサイトにも行ってみました。単発ドラマ一つにも丁寧なHPを作るものなんだなあと、感心してしまいました。たしかに、あれだけ手の込んだものを作るのなら、掲示板も設置してくれていたら、もっといろんな感想が聞けたでしょうにね。もったいない気がしました。
Abraxas (2004-02-17 17:45:59)

■ 「それからの」続き
Abraxasさんへ。
返信ありがとうございます。
私見ですが、一見たわいもないドラマも、その多くは「見る者を楽しませる」という立派な役割を果たしています。
厳しい現実をひと時忘れさせてくれ、明日への活力を与えてくれる娯楽作は、それだけで存在価値があると思います。
正面切って「人間」を描こうとするドラマは、見る者の負担や痛みを強いるものでもあり、だからこそ作り手の自己満足に終わってはいけないと思うのです。
「それからの日々」には、巨匠や大物によって制作された記念すべき大作・名作である、という意識に酔っている節が感じられ、それは公式HPに掲示板を設置していないことに端的に顕われていると思います。「ありがたく見て、感動するか恐れ入るかしなさい」と言いたげな権威主義を感じてしまうのです。
かつて山田太一氏が制作した「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」を身につまされて見ただけに、今回のドラマの作り方への不満が大きいのかも知れません。
他の人々の感想をもっと知りたい、と思いつつ検索していると、「ドラマ・ファン 物語の王国」というサイトを見つけました。山田ドラマファンの人々のコメントが沢山読めますので、ぜひどうぞ。
http://8238.teacup.com/aidon/bbs
妻の夫批判の不当さについて、私がうまく言えなかったことを、管理人のあいどんさんが男性の立場から非常に的確に表現なさっています。むろんこのドラマを評価するコメントもあります。
ご参考までに。


まりか (2004-02-18 11:54:16)

■ それからのそれから
まりかさん、ご紹介のサイト、早速行ってきました。管理人さんの分析はとても精緻なものでした。しかし、ここでもやはり、なるほど、そういう見方もあるなあ、という感じになってしまいます。あいどんさんも、書いておられましたが、自分の置かれた現実という位置から、射程を定めてしか語れない、のが「ホームドラマ」なのかもしれません。僕には、主人公をエリートと思えなかったし、妻の非難を甘んじて受け入れる主人公の胸中に共感できるものもありました。苦い思いもありましたが、ドラマとして楽しませてくれたのもたしかです。毎日の現実を、どれほど厳しいと感じているかのちがいによっても受け止め方はちがうのかもしれませんね。
若い頃「ふぞろいの林檎たち」を見ていたときも、やはり楽しんで見ていましたが、そういえば、国広富之の演じている男に思い入れがありました。人によっては、虫酸の走るような役柄も、見る側の視点の置き所によって、ずいぶんちがって見えるのではないでしょうか。
娯楽作の役割を否定する者ではありません。ひととき、それで楽しむことができるなら、どのような作品もその人にとって価値があるのですから。
僕は、このドラマ、主人公にかなり同化して見ることができました。後半、少し格好良くなっていくと、同化しきれなくなりましたが。そういう意味では、この作品は、僕にとって娯楽作として及第点のあげられるものだったと思います。
Abraxas (2004-02-19 00:29:01)

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■ 山田太一原作の『それからの日々』
こんにちは。薔薇 です。
私はドラマを観ていないにもかかわらず、ここのテキストは何だか妙に読まされちゃいました。
そして、これはきっと凄く考えさせられるテーマを扱った話だったのだろうなと、想像したりなんかしています。
くしくもこちらのような(↓)ページも発見したところでした…。よかったら…見てみてくださいませ。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~susume/mdiary040201.htm
薔薇の名前 (2004-02-10 21:43:24)

■ それからの日々
返事がおそくなりました。元気でやってらっしゃいますか。
ご紹介のページ、行ってまいりました。
とてもよく分かる感想で。そうだろうなと思いました。
僕も、もっと、この話にはコメントがあってもいいと思いました。
男の側の反論なんかもあっていいのに、みんな身につまされてしまって、言う元気をなくしたのかなあ。
Abraxas (2004-02-14 14:50:31)

■ 「それからの日々」感想
このドラマを見た後のもやもやは何だろう。同じスペシャルドラマでも「向田邦子の恋文」には余韻と感動があったのに・・・そんな思いを、このHPをきっかけに整理してみました。
2時間に収めるには欲張りすぎたテーマだったのかな。いくつもの問題が中途半端に扱われたままで終わっている。
妻が夫を激しい調子で批判しまくる場面も、確かにリアルではあるけれど、こういう扱いでは人格攻撃的な非道さが感じられて、私はむしろ夫のほうに同情してしまった。「なぜもっと言い返さない。家庭だって時には戦場なのだ。自分の人格を全面否定されてなぜおとなしくしているのだ」と、夫にではなく脚本に怒りを感じた。「老いた母を介護しながら仕事も立派にこなしている男」なんてのもきれい事でうそっぽい。オムツを換える場面ひとつないし。
長女の結婚に関しても、「若者は若者と愛しあってほしい。こんなに若くて美しい女が何を勘違いして3人もの子持ちの中年男なんかと」という痛ましさと苛立ちが、最後まで残ってしまった。
こんな不自然な結婚を見る者に納得させるためには、一場面でもいいから長女と男との、または子供を含めた5人での温かい場面が必要だったと思う。せめて最後の長女の両親との対面の場面で、3人の子供たちの愛らしさやいじらしさが表現できていたら、多少は説得力が出たかもしれない。3人がただ突っ立っているだけ(しかも格別かわいい子供たちでさえない)だなんて、脚本と演出の怠慢としか言いようがない。
ちなみに妻が夫を「お父さん」と呼ぶのにも違和感がある。男と女であろうとする姿勢を放棄しているみたいで。夫は妻をちゃんと「晶子」と呼んでいるのに。
ただでさえ元気をなくしがちな男たちが、このドラマを見ていっそう家庭内で小さくなってしまわないか心配です。

このドラマの公式HPに掲示板が設置されていないのは納得いきません。舞い上がり気味の若いスタッフの「日記」なんか載せてどうでもいいような制作裏話を長々と公開するよりも、視聴者からの率直な感想を受け入れるべきなのに。
セレブたちの作ったスペシャルドラマだぞ、みたいな傲慢さを感じてしまうのは私だけでしょうか。




まりか (2004-02-16 11:13:33)

■ それからの日々
まりかさんのコメントを読ませていただいて、なるほどなあ、と思うところがたくさんありました。そう言われれば、そうか、思ってしまいます。多分、いろんな人がいろんなことを思いながら、あのドラマを見たのでしょうね。

こんな時代に勧善懲悪の時代劇や、刑事物が大手を振ってまかり通っているTVの世界です。脚本、演出に物足りないところはあったにしても、見る側に何かを言いたいという気持ちにさせたという点では、近頃のドラマの中では、それなりに評価のできるドラマだったのではないでしょうか。

番組のサイトにも行ってみました。単発ドラマ一つにも丁寧なHPを作るものなんだなあと、感心してしまいました。たしかに、あれだけ手の込んだものを作るのなら、掲示板も設置してくれていたら、もっといろんな感想が聞けたでしょうにね。もったいない気がしました。
Abraxas (2004-02-17 17:45:59)

■ 「それからの」続き
Abraxasさんへ。
返信ありがとうございます。
私見ですが、一見たわいもないドラマも、その多くは「見る者を楽しませる」という立派な役割を果たしています。
厳しい現実をひと時忘れさせてくれ、明日への活力を与えてくれる娯楽作は、それだけで存在価値があると思います。
正面切って「人間」を描こうとするドラマは、見る者の負担や痛みを強いるものでもあり、だからこそ作り手の自己満足に終わってはいけないと思うのです。
「それからの日々」には、巨匠や大物によって制作された記念すべき大作・名作である、という意識に酔っている節が感じられ、それは公式HPに掲示板を設置していないことに端的に顕われていると思います。「ありがたく見て、感動するか恐れ入るかしなさい」と言いたげな権威主義を感じてしまうのです。
かつて山田太一氏が制作した「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」を身につまされて見ただけに、今回のドラマの作り方への不満が大きいのかも知れません。
他の人々の感想をもっと知りたい、と思いつつ検索していると、「ドラマ・ファン 物語の王国」というサイトを見つけました。山田ドラマファンの人々のコメントが沢山読めますので、ぜひどうぞ。
http://8238.teacup.com/aidon/bbs
妻の夫批判の不当さについて、私がうまく言えなかったことを、管理人のあいどんさんが男性の立場から非常に的確に表現なさっています。むろんこのドラマを評価するコメントもあります。
ご参考までに。


まりか (2004-02-18 11:54:16)

■ それからのそれから
まりかさん、ご紹介のサイト、早速行ってきました。管理人さんの分析はとても精緻なものでした。しかし、ここでもやはり、なるほど、そういう見方もあるなあ、という感じになってしまいます。あいどんさんも、書いておられましたが、自分の置かれた現実という位置から、射程を定めてしか語れない、のが「ホームドラマ」なのかもしれません。僕には、主人公をエリートと思えなかったし、妻の非難を甘んじて受け入れる主人公の胸中に共感できるものもありました。苦い思いもありましたが、ドラマとして楽しませてくれたのもたしかです。毎日の現実を、どれほど厳しいと感じているかのちがいによっても受け止め方はちがうのかもしれませんね。
若い頃「ふぞろいの林檎たち」を見ていたときも、やはり楽しんで見ていましたが、そういえば、国広富之の演じている男に思い入れがありました。人によっては、虫酸の走るような役柄も、見る側の視点の置き所によって、ずいぶんちがって見えるのではないでしょうか。
娯楽作の役割を否定する者ではありません。ひととき、それで楽しむことができるなら、どのような作品もその人にとって価値があるのですから。
僕は、このドラマ、主人公にかなり同化して見ることができました。後半、少し格好良くなっていくと、同化しきれなくなりましたが。そういう意味では、この作品は、僕にとって娯楽作として及第点のあげられるものだったと思います。
Abraxas (2004-02-19 00:29:01)

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